道果本古事記(複写)

現在に伝わる『古事記』写本は32本。
最古の写本は『真福寺本古事記』と呼ばれ、建徳 2年(1371)から翌年(1372)にかけて、真福寺の僧・ 賢瑜が師・信瑜の命を受けて書写したものです。
この写本は、後の『兼永筆本古事記』(1522) と共に、古事記写本すべての祖本になっています。
つまり古事記写本は、真福寺本系と兼永本系の2種に分類される訳です。

これまで道果本は、あまり注目されたことのない写本でした。
道果によって書写されたのは、『真福寺本古事記』の約9年後です。
まず自分の眼で観てみて下さい。
ところどころにフリガナが施され、朱墨を使って句読点などが打たれています。
何ヶ所か、道果による補注も書き込まれています。
道果本は、単なる写本ではありません。
明らかに道果は、真福寺本と元本の校勘を試みています。
朱墨の書き込みを確認してみて下さい。
上巻の神世七代で、校勘を諦めた様子が分かります。

『古事記』の原本は失われました。
『真福寺本古事記』の元本は、平安期の写本と推定され、すでにフリガナや句読点が施されていたと考えられます。
しかし『真福寺本古事記』には、基本的にフリガナや句読点がありません。
信瑜は、賢瑜に命じ、フリガナや句読点のない『古事記』写本を作らせた訳です。
何故でしょうか?
『古事記』本来の姿を復元しようとした。
そう考えられます。

道果は、再び『古事記』にフリガナと句読点を付けようとしました。
しかし失敗。
書写自体も、上巻途中で放棄しています。
『古事記』は、簡単に読めない。
道果の挫折と写本の痕跡は、その事実の歴史的資料になっています。


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上巻表記の右下に「并序」とあることに注目!


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上巻表記の右下には「序并」とあります。
歴史的な「序」解釈の誤謬が、ここから始まりました。


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右頁冒頭の「(辞)理■見以注」に注目。
道果は、書写した■字を消し、新たに同じような■字を書き込んでいます。
何故でしょう?


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「上件五柱神別天神」表記も、『真福寺本古事記』と大きく異なります。


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朱墨の書き込みから、ここで校勘を諦めた様子が見てとれます。


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※『道果本古事記』(貴重図書複製會1943)より

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